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心優しくたくましい子どもを育みます。社会福祉法人 三重清暉会

電話でのお問い合わせはTEL.059-231-0023

〒514-0111 三重県津市一身田平野361-1

心優しくたくましい子どもを育みます。社会福祉法人 三重清暉会

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「子どもは歴史の希望である・・・。」
次代を担う子どもたちが、明るく健やかに成長して豊かな社会を受け継いでいける人間に育つことを願っています。子どもたちの権利、生きる力、育ちを支えていくため、地域の皆様と共に子どもたちの健やかな成長を見守ります。

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「母子生活支援施設 みのり苑」はこちらをご覧ください。


法人の名称

清暉(せいき)という言葉は、中国六朝時代の詩人・謝霊運の詩「石壁精舎還湖中作」からとられています。六朝時代とは三国時代末期の西暦3世紀から6世紀にかけての中国の時代ですが、謝霊運は六朝時代の文化がはなやかだった西暦4~5世紀にかけて、六朝の一つ・晋の貴族の家に生まれ、政治的には思うような人生を歩めなかったものの、持って生まれた自然への憧憬と文才で山水を詠む詩人として名を残しました。
さて「石壁精舎還湖中作」の詩は次の通りです
  昏旦變氣候  昏旦(こんたん)に気候を変じ
  山水含清暉  山水(さんすい)清暉(せいき)を含む
  清暉能娯人  清暉 能(よ)く人を娯(たのし)ましめ
  遊子憺忘帰』 遊子(ゆうし)憺(たん)として帰るを忘る
  ・・・後 略・・・
  日暮れと朝では気候が変わり、山も湖水も清らかな光をあびて輝く
  輝く光は私を楽しませ、旅人の心を和らげ帰ることを忘れさせる
石壁精舎とは自らが田舎に営んだ別荘で、そこで一日を楽しんだあと湖を舟で帰る途中、まわりの山水の美しさに見とれてしまった様子を詠んだそうです。
歴史ある豊かな田園が広がる一身田平野の地に保育園を開設する時、お日様の陽光が静かな水田の表面に美しく映える様子を見て、この謝霊運の詩を思い浮かべ、「三重清暉会」名付けました。
今も一身田平野の穏やかな風景は変わらず、私たちはその情景を目にすることで開設当時の気持ちを忘れずにこれからも持ち続け伝えていきたいと思います。


一身田のまち

奈良・平安時代から、一代限りの私有田として認められていたことから「一身田(いしんでん)」という地名となったといわれる古くからの田園地帯です。
室町時代には真宗高田派中興の祖・真慧上人(しんねしょうにん)によって専修寺(せんじゅじ)が開かれ、周囲に環濠を巡らした「寺内町(じないちょう)」という独特な町割りが有名な真宗高田派本山の門前町でもあります。
専修寺には、現存する木造建築としては5番目の大きさとなる「御影堂」(親鸞聖人の木像や歴代上人の画像を安置)と、「如来堂」(本尊の阿弥陀如来が鎮座する本堂)が並び建っていますが、平成29年10月、国宝に指定すべきとの答申があり、平成29年11月、国宝指定されました。


一身田寺内町祭り 専修寺前で出前児童館を開館 (左)如来堂 (右)御影堂


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社会福祉法人 三重清暉会(せいきかい)

〒514-0111
三重県津市一身田平野361-1
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